第27回全日本トライアスロン宮古島大会

12時間のとても苦しくつらいレースを終えた。
スイム3キロ。バイク155キロ。ラン42.195キロ。
バイクを終えランをスタートする時には、これからたとえ丸一日を掛けたとしても
ゴール地点にたどり着くとは思えないほど体は疲弊し体力は消耗していた。
出来ることならすぐにでもこのレースを終わらせたい。
リタイヤか?まさか。妄想なのか要望なのか何のために走っているのか、
その本当の意味を始めて分かった気がする。
今まで思っていたものとは違う何かがレースを終えた今も感じることが出来る。

照明デザイナー川崎英彦の第27回全日本トライアスロン宮古島大会初挑戦日記

3時30分に朝食を取る。並べられたブッフェ料理を手当り次第皿に盛った。
こんなに食べて大丈夫なのか、なんて言ってられない。
なにしろ制限時間13時間30分のレースに3時間後にはスタートするのだから。
どれだけのタイムでゴール出来るか分からないし完走出来ないかもしれないけど、
今出来ることは途中でガス欠を起こさない為に出来るだけ補給することなのだから。
更に途中のエイドでの補給に加え1時間毎に摂るカーボショッツを用意した。

まだ暗い5時前に会場入りしてバイクの道具を入れた袋を所定の場所に置き
ランの袋は係員に預ける。
多くの係員が忙しそうに動いている(5000人のボランティアが運営を支えている)
スタート地点の宮古島東急リゾートホテルはワイキキのヒルトンを思わせる高級リゾート
ホテルで芝生にパームツリー、プールや小川に白い砂浜そして白い石灰岩を建築装飾に
使っていて、南の島で行われるトラアイスロンを更に特別なものにしていた。

徐々に空が明るさを持ち始め建物やヤシの木のシルエットを描き始める。
ウェットスーツに着替える前に軽く心拍数を上げるために、
まだ暗い中ジョギングを始めた。
急激に心拍数を上げないように気をつけながら。
スイム始めはいつも急に心拍を上げてしまうので安定するまでに時間が掛かる。
本番では出来るだけパフォーマンスを発揮したいので慎重になってる。
いつも以上に神経質になっていたのかも。

日が昇り白い砂浜に陽があたる頃、入水チェックをする。
混戦を避けるためスタートラインのアウトサイドに立ちスタートの号砲を待つ。
ウォーミングアップが役に立ったのか神経質すぎるほどスロースタートしたお蔭か、
恐れていた急激な心拍数アップは起きなかったけど、しばらくして肉離れをした
古傷のふくらはぎが痙攣を始めた。

ウェットを着ていると脚が浮いてキックを打たない泳ぎになるけど、
それが良くないのか、それともストレッチ不足なのか。
原因は分からないけど、以前にも4キロの遠泳をした時に脚を攣ったので
特に慌てることなく対処ができた。
痙攣に効く漢方薬を摂っていたけど本番は何が起こるかわからない。
混戦を避け、ふくらはぎに負担の掛からない泳ぎに変えた。
スピードが落ちるけど先は長いので焦らない。

スイムコースは図を見て理解していたつもりでも実際に泳ぐと目標など見えず、
インコースに並んだブイとロープだけが目印になる。
そのロープが近づいたり離れたりするので目標に向かって真っ直ぐ泳いでない、
ということが分かる。
水の中で起きる混戦(トライアスロンではバトルと呼ぶ)も真っ直ぐ
泳げない原因の一つ。バトルをするくらいなら空いたスペースを見つけ
楽に泳いだ方が速い、と思っているから。

レース後にベテランに話を聞くと、バトルでは絶対に譲らない。
体をぶつけてしばらく勝負すると相手が退く、らしい。
気持ちで負けると勝負にも負ける。譲ってるうちは勝負には勝てない。
つまり自分との勝負にも負けると云う事なのか。
30年の経験を持ち今年60歳になるそのベテランが教えてくれたのは
そう言うことなんだろう、と思う。

スタートから続いた美しい白い海底が徐々に浅くなってくる。
ロープと周りのスイマーの動きで目標を決め、
ひたすら泳ぎ続けたスイムパートのゴールが近いことを教えてくれている。
イメージどおりの泳ぎが出来たし疲れは無い。
もしかしたら50分代前半で上がってるかも、と思うほどの完璧な泳ぎだった。

砂浜に上がると時計は1時間3分を指していた。
満足とは言いがたいタイムだったが悩んでる暇はないし悲しんでる暇はない。
反省は全てが終わってからにしよう。
終わったスイムのことは忘れて、ウェットを脱ぎシャワーで塩水を洗い落とし
バイクへのトランジションへ急ぐ。

泳ぐ前はウェットの下にバイクジャージを着る予定だった。
スイムが遅い僕は出来るだけ速くトランジションを終わらせたかったから。
でもたとえ早く着替えることができても塩水で濡れたシャツで走る不快さは残る。
シャワーで海水を落とし乾いたシャツの快適さと比較したら、
着替えの時間的ロスなど気にならなくなった。

51.5キロのオリンピックディスタンスではバイクジャージをウェットスーツの下に着こみ
靴下も履かずにバイクをスタートさせたけど、ロングではやはり快適さを重視したい。
長時間のパフォーマンスは快適の上に成り立つ、と思いたい。

海から上がりウェットを脱いでシャワーを浴びて裸足のままバイク袋を所定の位置から
ピックアップしてバイクトランジットエリアへ急ぐ。
午前8時を少し回った時間なのでまだ寒い。
ウェットの中で温まった体温が外気にさらされて急激に冷えていく。
途中の芝生で震えながらバイクの準備をする。
バイクショーツはウェットの下に着けていたので下はそのままでノースリーブの
バイクジャージを着てゼッケンベルトを腰に巻いて靴下を履きグローブを付ける。
着ていたウェット、ゴーグル、キャップはバイク袋に詰め込み係員へ渡した。

ヘルメットを被りサングラスを付けてラックからバイクを外す。
バイクスタートラインまで押していき乗車して漕ぎ出すと
シューズに付けたビンディングが、カチッと乾いた音をたてて
スムーズにペダルに収まった。なんとも心地良い瞬間。

寒さには震えているけどスイムの疲れはない。
バイクの滑り出しもスムーズで気分が良い。
気分は良いもののバイクコースを試走をしていないし
イメージトレーニングも出来てないのでどこを走っているのかさっぱり分からない。
さっぱり分からないけど広いコースで見晴らしが良い。
それに信号があっても全てのコースが選手優先なので
思いっきりペダルに体重を乗せて加速することができる。
市街地を抜けると空と海とコースだけが切り取られ視界に残る。
今まで感じたことのない気持の良い乾いた風を受けながら
宮古島の自然が僕とバイクを包み込む。

しかし何時までも自然と仲良く過ごす時間は続かなかった。
太陽がゆっくりとその陽射の強さを増していく。
体から水分を奪い力を奪う。

照明デザイナー川崎英彦の第27回全日本トライアスロン宮古島大会初挑戦日記

エイドで受け取るスポーツドリンクとスポンジそしてエイドを手伝う子供たちの笑顔が、
動き続ける筋肉と心にエネルギーを届けてくれる。

自分の限界を見極める大会と位置付けてきた宮古島トライアスロン。
自分の力がどこまで通用するのか、自分との勝負、
そのことばかり考えてきた事が急に小さな事だと気づく。
僕は一人で戦っているのではない。一人では戦えない。
多くの子供達も真剣な瞳を持って駆け抜けるバイクに
エネルギーを手渡そうと戦っている。
そう、僕らはジリジリと照りつける太陽の下で共に戦っている。
小さな子供から見る大きなバイク、
ある程度のスピードを維持したまま自分に向かってくるバイクに、
それも次から次にやってくる1,300台以上のバイクに向かって。

バイクは島を1周半走り続けてランスタート地点であるゴールを目指す。
東急リゾートホテルをスタートしてから市街地を迂回し北上、
美しいコバルト色をした海上に浮かぶ橋を渡り池間島を回る。
ひたすら南東に進路をとって青い透き通る空に浮かぶ白い灯台を折り返す。
南海岸沿いの道を走って2つ目の橋である来間大橋を渡り折り返して
2週目の周回に入る。
美しいコバルト色の海を2度見ながら走れるのは
主催者のおもてなしの心の表れなのだろう。
130キロを走り続けた心と体は2度目の感動も素直に受け入れた。

不慣れな体勢で走り続け、腰と首に疲労が溜まっている。
筋肉痛はすでに始まっていて車上でのストレッチを余儀なくされる。
あと20キロ。あと10キロ。バイクの終わりが徐々に近づいてきた。
嬉しさと同時にランへの恐怖が押し寄せてくる。腰痛は残るのか、
背筋の痛みは、最後まで走れるのか。
今まで体験したことのない未知の世界への扉が開かれようとしている。

共に戦っていることを知った僕にとっては
最後のランが楽しみでもあり恐怖でもある。

バイクでの給水は水かスポーツドリンクが入ったウォーターボトルをエイドで
手渡しで受け取る。空いたボトルはエイド前に備え付けられたネットに放り込み、
かわりに受け取ったボトルを一口飲みシート後部に取り付けたドリンクホルダーに
素早く収めDHポジションをる。
※DHポジションとは空気抵抗を抑えた専用バーを使った前傾姿勢のこと

このポジション。肘を支点にして上半身を支えているので楽な状態らしいけど
1ヶ月程度のにわか仕込みでは自分のモノにならず僕にとっては辛い状態だった。
それだけにバイクで155キロを走りきった時にはその満足感よりもこの苦しい
姿勢からの開放感の方が大きくて嬉しかった。
バイクをスタートさせて5時間40分ひたすら漕ぎ続けてバイクパートを終えたのに
満足感や達成感は得られない。最後の42.195キロを残して不安になっていたのか。
正確には、体力も時間も残っているがフルマラソン分の体力が残っているかは
分からない、という不安。

これからは全くの未体験ゾーンだ。エネルギーを使い果たしハンガーノックを
起さないように炭水化物は継続的に摂ってきたし、水分と糖分を摂り続ければ
心が折れることもないだろう。
一番怖いのは身体のどこかが悲鳴を上げて動けなくなること。
考えてもどうしようもない事を考えるのは嫌いだし日常ではしないけど、
もしそうなったらという恐怖が頭の中を支配した。

バイクを指定のラックに掛け、ヘルメットを外しシューズを脱ぐ。
マメ防止の為にワセリンを足裏と指の間に塗ってからランニング袋から
取り出したランシューズを履いた。
1ヶ月前のトレラン大会の景品でもらったパタゴニアのバイザーを被り気合を
入れる。その準備の間も意識の中には恐怖が常に同居していた。

準備を整えてランスタート。時計はスイムを始めて7時間を少し回っていた。
一歩、二歩、・・・意外とスムーズに足が出たが、スピードが出ない。
体が硬くて重くて思うどおりに動けない。歩くより少し速いだけのスピードで、
走っている感覚はない。
ランニングどころかジョギングよりも遅く、たとえ一日を掛けたとしても
ゴールまで辿り着きそうにない。という悲観的な感傷が支配する。
ただ単に足を前に進めるだけの作業。苦痛に耐えるだけの作業。文句も言わず
働き続けるロボットのように、定期的に油を差して時間が過ぎるのを待てば
いづれゴールが見えてくる、という期待だけを見て。

決してロングの大会は楽しむためにやってるんじゃない。ロングとは悲観的な
状況をつくり身を置くことで自分がどれほど逆境に耐えられるのか立ち向かえるのか、
その事を知るための肉体的且つ精神的試験なのかもしれない。とさえ思えてくる。
マイナス思考のど真ん中でのささやかな反逆は一歩一歩足を前に進めることのみ。
右を出したら次は左、次は右、次は、それを繰り返すことしか出来ないけど、
決して自分からは止めない。

市街地を走り沿道から“ わいどー(頑張れ)!行ってらっしゃい!”の声援を受ける。
街全体が応援してくれている。
街を抜け人も少なくなってきたけど沿道からは必ず“わいどー!”と声がかかる。
三線を弾き島唄を歌って応援してくれる人たち。
鐘や太鼓で踊りながら応援してくれる人たち。
ゼッケンを見て選手名簿を調べて名前で応援してくれる人たち。
大きなスピーカーを車に積んで大音量の音楽をかけて応援してくれる人たち。
テーブルにパラソルを立てビールを飲みながら応援してくれる人たち。
人が少なくなっても声援が途絶えることはない。

2キロ走って21分の1。3キロ走って14分の1。4キロ走って10分の1。5キロ走って
8.5分の1。。。。ずーっと走った距離のことと残りの距離の事だけを考えて走った。
目標タイムなど無く耐えるだけのレースとなり苦しみだけのレース。
約2キロ毎に訪れるエイドステーションが大きな心の支えにもなった。
ここだけは立ち止まることが許された聖地でもある。水を飲みバナナを食べ
スポンジで熱くなった体を冷やして、次のエイドステーションを目指す。
スポーツドリンクを飲みサンドイッチを食べスポンジで熱くなった体を冷やして、
次を目指す。

ペースを上げることが出来ないまま折り返しまで辿り着いた。
ハーフ走って2分の1。ランスタートして2時間20分。これからペースを上げて
後半は2時間くらいで走りたい、と思い頑張ってみたけど長くは続かなかった。
このまま行けば12時間でゴールか、そう思うとなんとしても11時間台でゴールを
したくなる。でも無理は出来ない。不安からではなく体がこれ以上のペースアップを
受け付けない。
こんな事なら“バイク練習の後には少しでも走っといたほうが良い”というアドバ
イスを聞いて練習しとけばよかった、と思う。

25キロ走って、残り17キロ。26キロ走って、残り16キロ。27キロ走って。。。
耐えるだけのフルマラソン。情けないけどこれが現実。
疲れて重くて心が折れそうで歩きたくなるけど、常に沿道での声援が続くので歩け
ない。声援に答えるすべは走り続けること。
30キロ走って、残り12キロ。陽が少し傾いてきた。スポンジの水が冷たく感じる。
重い空気の中をドンカンな意識で走っているけど、寒さにはビンカンに反応した。
食べ物は出来るだけ摂って寒さから身を守ろう。

37キロ走って、残り5キロ。“わいどー!行ってらっしゃい!”と応援してくれ
た人たちが“おかえりなさいっ!あと少しっ〜!”と笑顔で応援してくれる。
街に入ると“おかえりなさい!”“あと少し!”と声をかけてくれる。
スピードは上がらないけど走り続ける事が出来るのは間違いなく島の
人達の“力”を頂いたおかげだと思う。
39キロ走って、残り3キロ。40キロ走って、残り2キロ。
島全体を使って選手優先で走らせてくれた大会がもうすぐ終わろうとしている。
残り1キロ。緩やかな上り坂を走ってゴールの競技場を目指す。

スイム、バイクそしてランと常に走り続けた大会が終わる。
12時間という長い時間をかけて。
この瞬間を目指して一年間トレーニングしてきた。
言い換えれば一年前にスタートした耐久レースのゴールが目の前に迫る。

(おわり)

照明デザイナー川崎英彦の第27回全日本トライアスロン宮古島大会初挑戦日記

最後まで読んでくれた方に感謝します。ありがとう!

第27回全日本トライアスロン宮古島大会は公式記録11時間58分06秒という記録で
初挑戦の幕を閉じました。僕がこの大会で感じたのは、スポーツの達成感は
個人的なものではなく多くの人のサポートの上に成り立っている。ということです。
わかっている方には当たり前の事でしょうが、今まで応援やサポートするより
自分で(スポーツを)やった方が楽しい。との理由から手伝いや応援をしてこな
かった自分がなんとも小さくつまらない人間だった、と知ることが出来ました。
そして反省しています。これからはいろんなところでお手伝いが出来るように
楽しんでスポーツを続けていきたいと思っています。
今までお付き合いくださっている皆さん、そしてまだお会いしていないこれから
お付き合いしてくれる皆様、ありがとう。そして宜しく!